母を思い出す

乳がんで闘病中の小林麻央さんが亡くなった事をテレビで知りました。

34歳の若さで幼い子供さんを残して逝かれさぞかし無念だったと思います。

残されたご家族のご心痛はいかばかりかと存じます。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

私自身も母を病気で早くに亡くしています。昨日は久しぶりに思い出しました。

母は37歳で私が10歳、妹が3歳、兄が12歳でした。

小学4年の5月に盛岡の大学病院に入院した母に一度だけ会いに行きました。

それが母に会った最後でした。

その2か月後に亡くなりました。

その日は大雨が降っていました。雨の中を走って家に帰った私に隣に住んでた叔母が「母さんが死んだよ」

と言いました。私はその場で大きな声で泣きました。涙が止まりませんでした。

母はお骨になって帰って来ました。1週間くらい泣いていたのを覚えています。

小学4年の私はお母さん役になりました。3歳の妹を保育園に送り迎えしました。

妹を抱いて寝ました。妹は夢の中でおっぱいを吸っていました。

毎日、ご飯を「つば釜」で炊きました。父の弁当も作りました。

今思えば毎日おかずが同じだったような。寝坊した日は梅干し1個だけ詰めてました。

それでも父は文句は言いませんでした。

叔母さんから母が亡くなる前に「死にたくない、子供たちに会いたい」と言ったと。

父は亡き母の事をしばらく何も言わなくなりました。

父が76歳で亡くなる前に母が亡くなった時の事を思い出し涙を見せました。

それが最初で最後の父の涙でした。

父の死後、タンスの中からメモ帳を見つける。中には盛岡の病院で母が言った言葉が。

子供3人の名前と「子供たちに会いたい」と書かれてあった。

私があちらに逝ったら母に話すことがいっぱいです。

昨日の夕ご飯は中華ざる(中華そば3分の2個・たれ・ねぎ)、レタスとトマト。

昨日の血糖値です。

朝前の血糖値は125です。

昼前の血糖値は131です。

夕前の血糖値は128です。

散歩道の花々です。

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